2020-03-01から1ヶ月間の記事一覧
武田信玄の隠し湯の一つです山梨の勝沼インターを降りて三富川浦方面に向かうと、葡萄畑が一面に広がっている葡萄の生産も盛んで葡萄畑を抜けていくと山間に入る、結構奥だ!車で走る事40分 看板が見えてきた!山県館だ! 実は この山県館は信玄公の「川浦の…
愛知県津島の上河原町に加藤清正のゆかりの地があります津島神社から東の場所にあり 民家の中を入ってくので 奥の方をよく見ていないと通り過ぎてしまうくらいわかりずらいなぜ津島に清正?と、お思いになるでしょうが経緯は次ぎの通りです 清正がまだ幼少で…
場所は近江八幡安土町です近江八幡に行った時 ある場所に寄ってきました それは木村城(別名 常楽寺城)です 六角氏の観音寺城の外港として機能した琵琶湖東岸の港 常楽寺港を守る木村城主の木村氏は 元々沙沙貴神社をルーツとする佐々木氏の一族で(沙沙貴…
場所は岐阜の本巣真桑です 教念寺には 関ヶ原に向かう途中に家康が立ち寄り腰掛けたと言われる腰掛け石がある実は この教念寺のご住職は仙石さん! そう 仙石秀久の仙石家です!秀久の血が混じってるかは 御住職に聞いたのですが そこはわからないとの事ここ…
場所は岐阜岐南町です ここは仙石秀久の父 久盛が信長時代 美濃攻めの最に砦を作り守っていた場所である 今は専光寺になってます岐阜城から真南にあります ここから岐阜城がよく見えますね!秀久はここをウロウロしていたのであろうなぁ 説明板は何もありま…
場所は滋賀県長浜市高月 且元の首塚が高月に有るので行ってみた 高月駅の西側の路地裏を入った場所に塚はある 何故に首塚?且元は駿河で病死だと言われているのに不思議であった。ただ且元に関する資料は少なく事実病死かどうかはわかってはいない。 高月の…
場所は長野県諏訪です 信玄は慈雲寺の祖と言われる天桂上人を師としており 戦場へ行く時に慈雲寺に立ち寄って上人に戦勝の教えを請いました上人は境内の大きな石の上に立って「私を弓で射てみよ」と至近の距離から射かけさせたところ矢はすべて岩ではねかえ…
場所は岐阜恵那です 秋山虎繁は武田方に寝返らせようと岩村城主である おつやの方を調略し 自分の妻としました (2人は恋に落ちたとも言われています)その事で岩村城は武田の手に渡り信長様の実子が人質として武田方に送られます身内の裏切り、大事な息子を…
戦国時代といえども、さすがに女性がいくさの前面に出て戦うということはめったにありませんしかし、血を見るのも怖い!と恐れるようなことは言っていられませんでした おあむは石田三成の家臣の娘で、慶長5年の関ヶ原の戦いのおり、石田方の大垣城に入りま…
この銅像 愛知県春日井市牛山町の名鉄線 間内駅東にありますなぜ長政の銅像がそこにあるのか! 話によると小谷城落城後 織田信長の命により長政の嫡男 万福丸は関ヶ原で秀吉の手によって殺されました 次男の万寿丸は まだ赤児だったので命を助けられ後に出家…
場所は岐阜各務原新加納です一夜城と言えば有名なのは墨俣の一夜城である だが墨俣の一夜城が出来る一年前には既に新加納に一夜城が作られたのだ ここでの実績を得て墨俣一夜城は断行されたのである信長から稲葉城攻めの前線拠点として各務原台地の一角であ…
場所は岐阜揖斐東杉原です藤橋は 秀吉の寧々のルーツであるという事で 藤橋城のある東杉原まで行ってきました地名を見てお解りの通り 杉原 そう寧々は 杉原一族の出やったんですねでも元は杉原って苗字ではなかったのです その経緯は話の途中で出てきます 杉…
皆さんもご存知であろう吉乃(実の呼び名は久菴であるが ここでは吉乃と書きます)は信長様の側室です吉乃は生駒氏3代目家宗と岐阜大垣の西尾氏の長女との間に産まれた娘ですそんな吉乃の足取りを辿り以前愛知県江南へ行ってきました・信長様と吉乃との出会…
場所は滋賀県蒲生郡日野村です 蒲生氏郷は今から460年程前に日野の中野城で蒲生賢秀の子として生まれ 幼名を"鶴千代"と言います 13歳の時に織田信長の岐阜城へ人質にだされました 氏郷の才能を見込んだ信長様は元服させ自分の娘冬姫と結婚させて日野へ帰らせ…
岐阜の大垣にある稲葉一鉄の城 曽根城に行ってきました 今は天守は無く本丸には 一徹の母の菩提寺である華渓寺があります住職さんに とても面白い話を聞いてきました実はここ華渓寺には 稲葉一鉄の能面が保存されております その能面は 信長様を招いた時とか…
場所は岐阜大垣市南一色町です 関ヶ原の戦い決戦の前日である9月14日 家康が赤坂の岡山本陣に着陣しますすぐさま金扇馬標を立て葵紋の旗と白旗を風になびかせて威勢を張ると、 20日間あまりも戦を今か今かと待ちわびて退屈で暇を持て余していた東軍の各陣地…
場所は土岐市駄知町滝ケ洞です不思議な出来事は戦国時代にも多々あります その1つとして こんな話が残っています(あらすじ)森長可の家臣の加藤彦右衛門が駄知に移って百姓暮らしをしていたこの夫婦には子供がなかったので いつも長可にもらった観音様にお…
清洲城主の頃 信長は城下の村人から山田村の池に大蛇がでたという話を聞きました早速村人たちを集めて大蛇を退治するために池の水をかい出させました。見守る信長は池の水位がいっこうに下がらないのに業を煮やして自ら裸になり刀をくわえて池に飛び込みまし…
場所は岐阜美山です明智孫十郎は旧姓を恩田といい 若かりし頃は武者修行をしながら諸国を渡り歩く浪人だったそうな同じく浪人をしていた光秀と意気投合し彼とある約束を交わす その約束とは「どちらかが立身出世したら もう一人を取り立てる」というもの織田…
高虎殿の旗印が何故餅なのか それを今からお話します※写真左が高虎の旗印 高虎が浅井家から出奔してその後主君を探し求め あてもなく東へ向かっていたその時 腹が減って吉田屋という餅屋で三河餅を食べまくっただが高虎は銭を持っていませんでも 自分の身の…